「ねぇねぇ、仙道って身長いくつあるの?」
「なに、突然」


2年生になって半年。夏休みも終わってそろそろ文化祭が見えてくるシーズン。ホームルームも、その話し合いで色々ざわついている。
運動場側の一番後ろの特等席でぼんやり頬杖をついて教室全体を眺めていたら、前の席のが話しかけてきた。


「いや、素朴な疑問」
「唐突に素朴すぎるだろ」


うーん、最後に測ったのは夏の大会前だからなぁ。まぁそんなに大きくは変わってないだろうけど。


「だいたい190くらいかな」
「ほぇー」
「なんだよその反応」
「いや、やっぱり数字で聞くと大きいね」
「そうか?」
「まぁ越野くんとかと並んでるの見ても大きいなって思うんだけどさ」
「…」
「…」
「え」
「え?」
「けどさ、の続きは?」


なんだ?普通の日本語的に続き、あるだろ、どう考えても。


「いや、なんでもない」
「なんでもなくはないだろ」


けど、て逆接な以上は「大きいって思うけど、大きくない」てことなんだろうけど。それがどういうことなのかはよくわかんないぞ。
頬杖をついたまま見つめれば、観念したようにが短く息を吐く。


「そういうとこ、仙道って仙道だよね」
「またなんか難しいこと言うね」
「タダモンじゃないって感じ」
「そんなことねーよ」


今年初めて一緒のクラスになって、最初の席替えの時に前後になってから、はそんなようなことばかり言う。「仙道くんて実は優しそうで優しくないよね」とか。あれ、そう言えばいつから「仙道」て呼ばれるようになったんだっけな。


「で?大きいって思うけど、なに?」
「…んー…うまく言えない」
「えーそこは頑張れよ」


本気でなんと言っていいのかわからないという感じにが眉を下げている。俺の前では珍しい、困り顔だ。


「まぁ、大きいけど大きくない、て言いたかったんだと思う、たぶん」
「たぶんて」


呆れたように笑うと、も困り顔のまま笑う。


「あ、」
「え?」


思わず漏れてしまった声に、が不思議そうにこちらに顔を向けた。


「いや、その顔、」


俺の前でするの珍しいな、なんて。
ずっと見てるのがバレるから言えない。


「え?どの顔?」
「いや、なんもない」
「えー!なに、人には言わせといて!」
「なんもない、なんもないよ」


なにそれー、と口を尖らせる顔も意外と珍しい表情で、困り笑いより好きだな、と思ったところで口元が緩みそうになり、さりげなく頬杖をついて隠す。こういう時手がデカくてありがたい。


「なんかさー」


が明後日の方向を見ながら、独り言のようにつぶやく。俺も聞いてない風で、でもちゃんと聞いている。それをわかってるようで、も続ける。


「みんな、仙道くんは背が高くてかっこいい、て言うんだけど、あんまりそう思ったことないなと思って」


なんだそれ、て思わず笑いそうになるけど、まだ話の続きがありそうだ。


「仙道は別に背が高くなくてもかっこいいと思うんだよね、わたし」


これまたでかい爆弾を突然投げつけてくるな。思わず微かに目を見開くけど、そこまではには見えてない。はず。


「仙道の魅力はさー、器の大きさとか、実は包容力があるとか、芯の強さとかだと思うんだけど、なんかそれが背の高さにすりかえられてるような気がする」


なんだ、どうしたんだ。素朴な感想だとしても、突然何を言ってるんだ。俺をどうしたいんだよ、


「…どしたの、急に」


思いがけず静かな声が出てしまい、自分でも驚く。怒ってるように聞こえたかもしれない。


「え、怒った?ごめん」


やっぱり勘違いさせてしまった。ちがう、ちがうんだよ。


「いや、怒ってないよ、びっくりしただけ」
「ほんと?」
「ほんとほんと、」


なんでそんなこといきなり言うのって微笑んだら、がまた困ったような顔をする。なんか、今日は困らせてばっかりだな。


「なんでだろ、わかんないや」


へへっ、とが笑った。ちょっと眉をさげて、前髪をちょんちょん、と触る。
もしかしてその笑いは困り笑いではなくて、照れ笑い…?


「あー、その顔」
「え?」


好きだな、という言葉が舌の先に乗りそうになってぐ、と口を閉じる。


「なに、また顔の話?なんなの?」
「いや、ごめん、ほんとなんでもない」
「絶対なんでもなくないよね!?」


はにかんでいる人だけが出せる、あの優しい雰囲気はサッと消え失せ、が身を乗り出して下の方から俺をにらみつける。


「その顔、その顔って、どの顔!?」
「い、いや、の顔だけどさ」
「私の顔がなに?」
「いや…」


ホールドアップで視線を泳がせてみるけど、そんなことでは到底納得してくれず、むっとした顔でこちらをにらみつけている。
これは正直に言うまで怒られ続けるやつだな。


「ほら、なんなの、言ったほうが楽になるって」
「怒らない?」
「怒らない怒らない」
「…かわいーなって」
「……は」


小声でつぶやくような言い方になったけど、ちゃんと聞こえていたらしい。いや、言い直すほうが恥ずかしいから聞こえていてくれてよかった。
こちらを睨みつけていた目は見開かれ、ぽかんと口を開けたままが固まる。
あ、やべ、恥ずかしくなってきた。好きだなとはさすがに言えなくて、かわいいにしといたけど、まぁ、実質の意味は一緒かなと思ったし。でも実質の意味は一緒だったら恥ずかしいことに変わりはないな。


「…なっに言ってんの!?」
「え、怒んなよ」
「お、お、怒ってない!」
「あんま大声出すと委員長に怒られるぞ」
「…っ!!」


今がホームルーム中だということをは失念してはいないだろうか?
まぁ装飾班の進捗状況確認とか、全体会でのPR法の打ち合わせ中だから俺たちは取り立ててやることはないけども。


「…仙道はそういう甘いお世辞を言いそうで言わない人だと思ってた」
「…お世辞だと思ってんだ」
「…!?」


やっぱり本当のこと言ってやろうか。
そしたら、またあの照れ笑いしてくれるんかな。











その顔見せてよ