「夏だねぇ〜」
「あちーなー。」
「三井部活は?」
「今日は全体練は4時から。」
「夕方からでよかったね。昼間の体育館やばいし。」
「大して変わんねーよ。朝が一番マシ。」



テストが終わり、ようやく人がはけた教室で、私と三井はぐだっていた。
クーラーのつかない教室で、担任が自宅で不要になったからと持ち込んだ扇風機が気休め程度に首を振っている。

あーほんと期末やっと終わってくれたなぁ、日本史とか全然できなかったけど。
これは赤点覚悟かもしれない、なんてぼんやりしていると、向かいの席で三井も同じようにぼんやり外を眺めていた。

じりじりと焦げそうな校庭で、これまた焦げそうな、というかほとんど焦げかけているサッカー部と野球部が活動している。



「俺マジ、バスケ部でよかったわ」

「え?」



すごい髪型と形相になっていた三井が突然サッパリした頭と顔で教室に現れた時、クラスのみんなは本当に度肝を抜かれていた。実は同じ中学出身の私は元に戻った、よかったって思ったんだけど。

ほんとうに、三井がバスケ部に戻ってよかった。
あんまり詳しいことはわからないし、この表現がふさわしいのか自信はないけど、赤木くんや木暮くんの懐の深さには感謝してもし足りない。私が感謝することじゃないけど。あと、やり方とか色々問題はあるけど、三井の勇気みたいなものにも、素直に賞賛を送りたい。
木暮くんと話した時にちょっと泣いてしまったのは三井には内緒だ。



「直射日光とかぜってー耐えらんねぇわ。」
「あー、三井体力ないもんね。」
「うっせぇ!」



私の前の席の山田くんの机に頬杖をつきながら、三井はだるそうにグラウンドを走るボールと部員を見つめているようだった。

・・・かっこいい。好き。
暑さのせいで思考能力が失われていく脳内を、そんな気持ちが埋め尽くす。
このままじゃやばい、と慌てて立ち上がる。




「ん?帰んのか?」
「んーん、自販でも行こっかな、と」
「まじ?何奢ってくれんの?」
「いやそれ私のセリフだけど」


財布だけを手に持って、連れだって教室を出る。
中庭に面している廊下は、校庭側の教室より少しだけ涼しくて、体感温度が心地よい。
ぺたぺたと冷たい壁に腕をはわせながら階段を下りた。



「てか自販のポカリとか残ってるかなぁ?」
「あー、まだ補充まで時間あるよなー」
「コンビニ行っちゃおうか?」
「金ねぇよ」
「買わなきゃいいじゃん」
「見ると買いたくなんだろ!」
「だめだあたし冷やし中華食べたい」
「意味わかんねぇ」



唐突な私のセリフに三井は本気でうざったそうな顔をして私を見下ろした。
何よ夏の冷やし中華なめんじゃないわよ。





何だかんだ言いながら徒歩3分の最寄りのコンビニまで来ると、三井はそそくさと雑誌の棚に直行した。ちょうど今日は月曜日。テストのせいで朝コンビニに寄れず、読みそびれたジャンプでも読むんだろう。
はち合わせた友達と手を振り合いながら、私は私でチルド麺の棚に直行する。



「んー・・・こう見るとたぬきうどんとか、とろろぶっかけとかも捨てがたいなぁ・・・」
「何昼間からぶっかけとかエロいこと言ってんだ」


いつの間にか私の後ろにきて、とんでもないセリフを吐く三井に無言で全力の肘鉄をくらわすと、ごっ!とうめき声をあげて三井が後ろに遠のいた。



あーまた三井君とがいちゃいちゃしてるー、なんて少し離れたところで友達に笑われた。
笑われてるのは別にいいけど、何で私が三井に肘鉄を食らわしてるかは、彼女たちは知らない方が賢明だ。



「冷やし中華じゃねーのか?」
「ん〜・・・迷う、なぁ・・・」



暑いから、ちゅるちゅるっとのど越しよさそうなネバネバとろろうどんも捨てがたいし、最近新発売のネギ塩冷やしラーメンてのもそそられる。どんな味がするんだろ。



、お前今いくら持ってる?」
「えー?テストで全然遊んでないから5000円くらい?」



どれにするか迷っていたため、深く考えずに正直な答えを返して、はっと我にかえる。
何を奢らされるのかと警戒して三井を振り返ると、真剣な顔で冷やし中華やとろろうどんを見比べていた。



「・・・奢らないよ?」
「小遣い次入んのいつだよ?」
「え、来週の金曜だけど・・・」



三井が自分の財布を取り出し、中を確認する。
青いベースに黄色いTの字のカードや、地元のドラッグストアのポイントカードが見え隠れする黒い長財布。



「よし、、これにしとけ。」
「え?なんで?」



渡されたのはやっぱり冷やし中華で。



「・・・お手軽冷やし中華?」
「なんか受けるネーミングじゃね?」




サイズや具が微妙にチープで、さすがはコンビニ冷やし中華。
でもその内容に見合った値段で、お手軽の名に恥じない一品でもある。




「安いし、冷やし中華だし、お手軽だし。」
「意味わかんない。」


笑いながらもレジで会計をすまし、再び蒸し暑い熱気の中へと足を踏み出す。
近づくと自動で開くドアが何ともうらめしい。



「今度はお手軽じゃないやつにしよー」
「贅沢だなお前!」
「あー!しまった、この安さと量なら、アイスも買えばよかった!」
「太るぞ。」
「うるさいし。」



金がないとかなんとか言いつつ、三井もしっかりジャンプを買っている。
聞けば、部活のみんなでまわし読みさせて、しっかり代金を徴収するんだとか。
(どんだけケチなんだ、と思ったけど言わなかった)



「遊ぶ金無くなんだろ。」
「え?」
「あんま食べモンに金使ってると、夏休みに二人で遊びに行けねぇだろ。」
「・・・・・!?」
「あと、広島への交通費と宿泊費今から貯めとけよ。」
「は?広島?」
「インハイ。今年は広島。」


顔が熱い。
暑さのせいだけじゃない。

三井は、本気で。
バスケ部のことを考えて、バスケをしてるんだ。
よかった。
ほんとに、単純なことしか言えないけど、とにかくよかった。


「心配かけたな。」
「・・・っ」
「泣くなよ」


三井がくしゃくしゃと私の髪を撫でた。
その優しい手に、また涙があふれた。








お手軽冷やし中華