必死で走って、走って、走った。
だけど



「おいっ、・・・っ!!!」
「・・・・っ!!!・・・・はな・・してっ・!」


ただでさえ、男女差があるところに、現役バスケ部の寿にダッシュで敵うはずがなく、私はあっさりと捕まった。
久しぶりに全力で走って肩で息をしている私に対して、寿は若干息があがったぐらいで、全く勝ち目がない。


「なんだよ、別れる、とか」
「・・・・・」
「・・・なんで、泣いてんだよ」
「・・・・っ」


悲しいのと苦しいのとで頭がぐちゃぐちゃで、頬を親指で撫でられて、初めて自分が泣いていることに気づく。
気づいてしまうと決壊するのは簡単で、私はしゃくりあげながら泣き出してしまう。さっきよりもますます困ったような顔をしている寿の顔が優しくて、また泣けてしまう。
違う、別れるとか、そんなことが言いたかったわけじゃないのに。


「ごめんって」
「・・・うっ・・・ふぇっ・・・」
「とりあえず、あそこの公園行こうぜ。な?」


寿に腕を引っ張られて、小さな児童公園のベンチに座らされた。
頭をゆっくりと撫でられて、呼吸が落ち着くのに比例して気持ちも落ち着いてくる。久しぶりに人前でこんなに泣いてしまって、ちょっと気恥ずかしい。


?もう大丈夫か?」
「・・・・うん・・・ごめん」
・・・なんで怒ってるのか教えてくれねぇか?」


寿が、今まで見たことないような気弱な顔をして私の顔を覗きこんでくる。
私の両手を握りしめてきて、まるで捨てられそうな子犬みたい。


「家に来て欲しくないならもう行かねぇから、別れるとか言うなよ・・・」
「・・・・ごめん・・・変なこと言って・・・」
「俺、何した?」
「・・・・何したっていうか・・・・してくれなさすぎっていうか・・・・」
「え?」
「・・・寿は、エッチができればいいの・・・?」
「は?」
「とりあえずヤれれば、私じゃなくても良さそうだし」
「そんなことあるわけねぇだろ!?」
「でも、もう服も脱がしてくれないし、終わったらマンガ読んでるだけだし」


しまったー!という顔をして寿が固まる。
思い当たる節が色々あるらしい。そりゃそうだろうけど。


「悪い!!!悪かった!!!」
「エッチサービス付きの漫喫だと思ってるならもう来ないで」
「そんなつもりねーよ!!」
「じゃあどんなつもりだったの」
「そ、それは・・・・」

寿がわかりやすく動揺している。
怒っていたはずなのに、そんな風に慌てている寿を見ているとほんのり笑えてきてしまうから不思議だ。あんなに後輩に威張り散らしているのが嘘みたい。



「1週間、ずっと我慢してると抑え、効かなくて・・・」
「お母さんたち帰ってくる前に、と思うと焦って・・・」
「その・・・悪かった。スマン」


ぼそぼそと理由を並べたて、心底バツが悪そうな顔をして寿がうなだれた。


「だから家に来るなりエッチだったの?ろくに服も脱がずに?」
「・・・ちょっと、横着になってたのは確かです・・・」
「ずっと漫画読んでたのは?」
「・・・続きが気になって・・・ごめんなさい・・・」


どうやら本当に反省はしているらしいし、私の気持ちは伝わったようなので、そろそろ仲直りかな。


「・・・私のこと、好きじゃなくなったわけじゃないんだよね」
「ったりめーだろ!!!」


手が振り解かれて、両肩を掴まれた。
必死な表情の寿に、最近あんまり感じなかった愛をちゃんと感じる。


「好きでもないやつ抱けるほど俺は器用じゃねぇんだよ」
「もうちょっと丁寧にしてね」
「あぁ。・・・、ごめんな」


そのまま寿の顔が近づいてきたので、私は慌てて肩を手で押さえる。


「ちょ、ちょっと寿?」
「あぁ?なんで押さえんだよ」
「なんでじゃないよ!ここ外だよ!!」
「いいだろ、誰も見てねぇよ。別れるとか言い出して焦ったんだぞ。キスくらいさせろよ」
「何よそれ!!元はと言えば寿のせいなのに!!」


さっきのダッシュと同じく、力勝負で寿に勝てるわけがない。
寿を押し戻していた両手をあっさり右手で掴まれて、左手で後頭部を抑えられたら、もう逃げ場がない。
ちょっと前までしおらしくしていたくせに、もういつもの自信ありげな表情に戻っている。私の好きな寿の顔。あぁもう、結局寿には敵わないんだ。
いつものように少しだけ首を傾けて、私はおとなしく目を閉じた。










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