三井に言われた新幹線のホーム、一番最後の車両のさらに奥。
ほとんど人がいないこの場所で、私はぼんやり三井を待つ。



「・・・い、おい、!」
「!」


ホームの方を眺めていたはずなのに、三井が来たことに全然気が付かなかった。
声のした方に顔を向けると、三井がぎょっとした顔をする。


「うわ、なんだよその顔」
「っ!!もー言わないでよ!」


ホテルの部屋でがんばって冷やしたタオルをあててきたのに、目の腫れはちっともひいてくれなくて、メイクでもどうしようもないくらい真っ赤になっている。


「・・・俺らのせい?」
「・・・・・それ以外何があんのよ」


湘北の試合は、もちろん全部を最初から最後まで観覧席で見た。
最後の愛和学院との試合はもちろん、2回戦目の山王工業との試合の後も涙がとまらなくて、その腫れが引く前に次の涙がきてしまったから、三井がぎょっとしても仕方ないくらい酷い顔をしているのは事実だ。ていうか、自分でも鏡を見るたびにぎょっとしている。


「ちょっと待ってろ」


持っていたスポーツバッグを私の横に置いて、三井がホームの真ん中に向かって歩いて行く。ほどなくして、オレンジジュースの缶をふたつ手に戻ってきた。


「もうちょっと冷やしとけ」
「・・・ありがと」


ご丁寧にその場でタオルまで巻いて、私の目元にあててくれる。
まだ熱を持った目元に、ひんやりと心地よい。



「ありがとな、観にきてくれて」
「・・・うん」
「不甲斐ないとこも見せちまったけど」
「かっこよかったよ」


言いながら、また思い出して泣けてきてしまう。
山王戦の怒涛のスリーポイント。終盤の4点プレイ。試合が終わった瞬間の表情。
いつだって、三井を見ていた。三井だけを見ていた。


「だぁっ!? なんだよ泣くなよ!?」
「だってぇえ〜〜〜」


缶ジュースに巻かれた三井のタオルにどんどん涙が吸い込まれて、熱くなるまぶたがすぐに冷やされていく。なにこれ、いつまでも泣けそうじゃん。


「お、おい!!やめろよ、俺が泣かせてるみたいじゃねーか!」
「なにっ・・よ・・・っ、三井がっ」


今回の三井のことだけじゃなくて、中学の時の三井や、高校に入って道を外れてしまった三井のことが思い出されて、もう胸が熱くなって泣く以外にどうしたらいいのかわからない。ましてや、今目の前に本人がいるのだ。


「あんたはっ、ろくねん、かけてっ・・泣かせに、きてんのっ」
・・・」


涙の熱と、外気温に缶ジュースが負けて、もうぬるくなってきている。それに反比例するように、どんどん瞼の熱があがっていく。


「おい、目こすんな」
「・・・っ」


ぬるくなってしまったジュースを外して、たまらずタオルで目をこすった私の手首を、三井が優しくつかんだ。体に対して、意外とごつごつしていない、きれいな手だ。この手が、昨日のあの綺麗なシュートを何本も放ったんだ。


「心配かけて悪かった」
「・・・っ・・・う・・ん」
「もう、俺は大丈夫だから」
「・・・・・ん」
「だから頼むから泣くなよ」
「・・・・っ・・・むり・・・・」
「無理ってお前なぁ」


三井が困った顔をしていて、つかまれた手と瞼がすごく熱くて、頭も痛くなってきたけど、あとからあとから涙があふれてきてしまう。
今日は三井を見てる限り、泣き止むなんて不可能だ。


「俺は、好きな女を泣かせたくてバスケしてるわけじゃねーんだぞ」
「・・・・・!?」


そのまま三井の体が近づいてきて、三井の全身の体温を感じる。涙が、タオルじゃなくてポロシャツに染み込んでゆく。


「次は冬の選抜だ。そん時は笑えよ」
「え・・・冬・・・」
「まだ俺は引退しねぇ」


体を離して、笑いながら三井が親指で私の目尻をぬぐう。


「ひでー顔だな」
「・・・誰の、せいよ」
「つーかむしろ、泣くのは引退の時にしろよ」
「・・・」
「まだ俺のバスケ姿は観れるから安心しろ」
「・・・」
「まぁ大学でもバスケは続けるけどよ」
「・・・・大学行けるの?」
「・・・うるせぇ。そんだけ言えるならもう平気だな」


ふと時計を見ると、そろそろ帰りの新幹線の時間が迫っている。
このまま泣いて帰る覚悟をしていたけど、予想だにしない三井のセリフで私の涙は止まってしまった。


「え、ねぇ」
「なんだよ」
「私のこと好きなの・・・?」
「お、お前なぁ・・・あ、改まってそういうこと言うなよ!」


三井が怒りながら照れている。締まったはずの涙腺が、また緩んでくる。


「のわっ!?なんでまた泣くんだよ!?」
「ご、ごめ・・・びっくりして・・・」


そりゃあ私はずっと三井を見てたけど、三井には中学の頃からファン的な人たちがたくさんいて、私はその他大勢の一人でしかないと思ってた。
今年はたまたま同じクラスになったから、今までより何となく距離が近くなったけど、それでもそんな特別な感情を持たれてるなんて思ってもみなかった。


「ばかじゃねぇの?俺のことずっと見てたのはだけだったろ」
「そうなの?」
「去年も一昨年も、どんなに遠くても校内で見かけるたびに泣きそうな顔してこっち見てたろ」


俺は自分が情けなくて、お前にだけは近寄れなかったけどな、と三井が自嘲的に笑う。


「バスケ部戻った時は見たことないような顔して笑ってくれてて、試合見たらもっと笑うんじゃねーかと思ったのによ」


まさか見たことないくらい泣くとはな、と笑って三井が優しく私の頭を撫でる。
私はと言えば、もう泣きすぎて体の中の水分がなくなるんじゃないかと思うくらい泣いている。



、好きだ」



あふれる涙を、三井の親指がぬぐう。
指じゃ追いつかねぇな、と苦笑いして、三井がまた私の顔を自分の胸板に押し当てる。さっきの涙のあとの上に、新しい涙が滲みをつくっていく。


「・・・三井」
「んだよ」
「・・・好き」


無言で頭を撫でる手が、ありがとう、とも知ってるよ、とも取れる気がして、私はやっと少しだけ笑って、今度こそ最後の涙をそっと拭いた。










なみだがとまらない