「お疲れ様でした〜」
「おつかれー」

店長に挨拶し、タイムカードを押すついでにシフト表を確認する。
今週の出勤は、あと2日だ。
そして、さりげなく水戸くんのシフトを確認する。
・・・やっぱり、今週も被ってない。来週なんて、曜日もまったく違っている。

私がこのコンビニでバイトを始めてもうすぐ半年。
同じバイト先の水戸くんとは、付き合い始めて3ヶ月が過ぎたところだ。
前はほとんど同じシフトだった水戸くんと、最近シフトが全然被らなくなってしまった。
私は親が心配するので、遅くとも6時には上がるようなシフトにしてもらっているけど、水戸くんは基本的に7時からのシフトに入っていて、入れ違いに顔を見ることもできない。
デートも、最近忙しいからと断られて、しばらく水戸くんと会えていない。


付き合ってることは恥ずかしいから内緒にしたいってお願いしたけど、バレないためにシフトをずらしてるのかな・・・
そうだとしたら、水戸くんは私のことを考えてくれているのだろうし、もっと一緒の時間にバイトしたいなんて、わがままだろうか。


そして、もう一人の人物のシフトも確認する。
ふた月ほど前に採用された大学生の新人バイトさん。
なんでか知らないけど、みんなからキングと呼ばれている恰幅のいい男性だ。


「はぁ・・・」
「どうしたのさん、ため息ついて」


思わずこぼれてしまったため息が思いの外大きくて、店長に心配されてしまった。
あわてて首を振り、改めて挨拶してバックヤードをあとにする。


水戸くんとのシフトが被らない代わりに、先月くらいからよく被るようになったのがキングさんだ。
最初は、大学生が春休みに入ったからかと思ったら、被っていなかった日も、他の人と交代するようになっていた。一緒に働いていると、ニヤニヤとした視線を感じたり、やたら一緒に帰ろうとしてきたりと、私は正直キングさんが苦手だった。


「(そう言えば、今日は珍しくシフト被ってなかったな)」


ぼんやりと駅の改札に向かって歩いていると、不意に柱の影から人が現れた。


「!?」
さん!」


噂をすればなんとやら。
今日はシフトが被っていなかったと安心していた矢先のご本人の登場に、私は言葉もなく立ち尽くしてしまう。


「今日シフト入ってたから、このくらいにここ通るのかなと思ったんだけど、ドンピシャだったね」
「・・な・・・!」


なにそれ気持ち悪い!
私の顔は思いっきり引き攣っているだろうに、微塵も気にせずキングさんが近づいてくる。


「まだ時間早いし、お茶でもして行こうよ、いいお店知ってるんだ」
「や、わたし、」
「奢るからさ、ね」
「ちょ・・っ!」


キングさんのがっちりとした腕が伸びてきて、肩を抱かれそうになる。ふりほどいて、逃げなきゃと思うのに、変に目が据わった男性相手に恐怖心の方が勝って動けない。いや!こわい!!


「悪い、遅くなった」
「!?」


キングさんの腕より先に私の肩を優しく包む手のひら。
最近聞けていなかった、いちばん聞きたかった声。
強張った私の肩を抱いたのは、キングさんではなくて。


「水戸くん!!」
「な、なんだよ!?」


キングさんが伸ばした腕は、水戸くんががっちり抑えていて、私もキングさんも驚きで目を丸くするしかない。


はこれから俺と予定あるんで」
って・・・え!?2人そういう関係!?」
「そういうことなんで、今後変につきまとうのはやめてください」


小さく舌打ちしてキングさんが腕を引き、ぎこちない笑顔を浮かべて去っていく。
私の肩はまだ水戸くんに抱かれたままだ。


「え、あの、水戸くん・・・?」
「もう少し、早く声かければよかったな」
「いや、え、なんで、」


さっきまでの恐怖とはまったく別の感情で、私は動けずに水戸くんの顔をまじまじと見つめて固まる。


「いや、店長が」
「店長?」
「キングがさんを狙ってるかもしれないって」
「え!?」
「やたらシフト被せたり、ずらしてもわざわざ他の人と代わってたりして、なんか心配だって」
「そうなんだ・・・」


自意識過剰かなと思っていたけど、待ち伏せされるほどの状況だったなんて、危機管理能力が無さすぎて落ち込んでしまう。


「あんな、ストーカーじみたことするとはな」
「・・・うん・・・」
「まぁ俺も、さんのシフトチェックして終わり時間に合わせて来たから、どっちがストーカーかわかんねぇけど」
「そんな!」


冗談めかしているけれど、水戸くんの表情がいつもより曇っている。というか、なんか不機嫌?


「えーと・・・ごめんね?」
「なにが?」
「・・・だって、なんか、怒ってる?」
「・・・」


水戸くんの表情は、さっきキングさんに向けていたものとあんまり変わっていない。いや、それよりも少し切なそうな感情が見え隠れする気がする。


「なんで」
「?」
「なんで俺に言わねぇの」
「え、」
「シフトが駄々被りしてんのとか、つきまとわれてるのとか、気づいてなかったわけじゃねぇんだろ?」
「う、うん・・・」
「たまたま今日は俺が来れたからよかったけど、いなかったらどうしてたんだよ」
「・・・」
「それとも、キングと付き合いたかった?」
「!!そんなわけっ!!」
「・・・」
「・・・」
「・・・わりぃ、言いすぎた」
「・・・・・・・・くんこそ」
「え?」
「水戸くんこそ、全然シフト合わせてくれなくて」
「それは、」
「私と会いたくないのかと思った」
「んなわけねぇじゃん」
「・・・」
「・・・」


いつの間にか肩は解放されていて、私と水戸くんは向かい合う形になっていた。
キングさんのことは自意識過剰かもしれないと思ってなかなか言い出せなくて、結果として店長や水戸くんに心配をかけたことと、私が水戸くんと会えなくて寂しく思ったことは関係ないことなのに、感情がぐちゃぐちゃになってしまってうまく整理できないままぶつけてしまった。
困ったように頭をかく水戸くんが、口を開く。


「会いたくないとか、あるわけねーじゃん」
「・・・じゃあ、どうして」
「平日の夕方は、ダチに付き合わなきゃいけなくなって早く来れなくなって」
「・・・土日は」
「他のバイトと掛け持ちしてて、そっちに入って欲しいってお願いされた。でもそれも今月いっぱいだから、来月はさんとシフト合わせるよ」
「・・・ほんと?」
「ほんと」


シフト入ってない平日は迎えに行くから、と水戸くんが、私の頭を優しく撫でる。


「ただ・・・」
「?」
さんと一緒のシフトだと、働きづれぇんだよな」
「え!?」
「つい見ちゃうし」
「え、」
「触りたくなるし」
「は!?」
「他の人に付き合ってること言わないでって言う割には、一緒に働いてると俺のこと好きなオーラめちゃくちゃ出てるし」
「な!?」


そんなオーラ出してるつもりないし!!
おかしそうに微笑みながら、くしゃくしゃと水戸くんが私の髪を撫でる。
あぁもう、その顔はずるい。
オーラを出してるつもりは断じてないけど、好きなのは事実だから仕方ないのかもしれない。


「まぁでも、もうキングに言っちまったし、店長も気づいてるし、変に隠さなくていいよな?」
「え!?店長気づいてるの!?」


もちろんバレてようがバレてなかろうが、お仕事中はまじめにやるのが大前提だ。今までだって、シフトが一緒だからって業務が疎かになったことは一度もない。それはもちろん水戸くんも同じだ。


「あとさ、」
「うん?」


水戸くんが私の手を取り、駅に向かってゆっくりと歩き始める。


「そろそろ名前で呼んでもいいか?」
「え、」

「!!」


わざわざ耳元でささやくように名前を呼ばれて、一気に顔が熱くなる。いたずらっ子のように笑っている水戸くんは、間違いなくわかっててやっている。


「ふ、ふたりの時なら・・・」
「・・そうだな、その顔他のヤツには見せたくねぇし」
「か、顔?」
「俺のことが大好きっていう顔」
「・・・っ!!」


だって、大好きなんだから仕方がない。
とは到底言えなくて、私は顔を背けながら水戸くんの手をぎゅっと握り返した。








シフトチェックにご用心