「なぁ、なんで俺なんだよ」


いつものようにバスケ部の練習終わりを玄関で待って、すっかり暗くなった最寄り駅までの道を歩いていたら、越野が全然話題と関係ないことを突然聞いてきた。


「なんでって?なにが?」
「…なんでは俺と付き合ってんの」
「は?なにそれ」
「お前仙道と同じクラスじゃん」
「はぁ?仙道?」


いつも練習終わりは機嫌がいいわけじゃないけど、今日の越野は格段にどこかおかしい。そもそもの質問もおかしいし、仙道の名前が出てくるのはもっとおかしい。


「席替えしたんだろ、昨日」
「そうだけど」
「そんで、今日から隣の席」
「そう」
「いつも昼になったら仙道は俺のクラス来るのに、今日は来なかったじゃねーか」
「はぁ?だから?」
「お前とずっと喋ってたって」
「聞いたの?」


誰に?
誰がそんなことわざわざ越野に言うんだろ?


「…誰でもいいだろ」


吐き捨てるように言う越野は、怒ってるように見えるけど、怒ってる風に見せるしか手立てがないからそう振る舞っているようにも見える。
たぶん、怒ってるんじゃなくて悲しいというか、不安なんだろう。まさか、これまでもそんな不安を抱えてたのかな。そんなの完全に杞憂なのに。


「…好きだから」
「は?」
「え、なんで付き合ってんのって言うから」
「…」
「私が、越野のこと好きだから付き合ってるんだけど」
「…」
「越野も、私のこと好きだから付き合ってるんだと思ってたんだけど、違った?」
「……」
「……」
「こしのー」
「……違わねーよ」


ぶっきらぼうな返事だけど、さっきよりかはだいぶ棘が取れた。いつもの越野の照れ隠しだ。よかった。
少し安心して、登下校の時はしたことがなかったけど、手を入れているポケットから少しはみ出た袖をつまんでみた。
機嫌悪そうに私の方をチラ見して、ひとつ息を吐いたと思ったら、越野がポケットから手を抜いて、そのまま私の手を取った。ぐっと強く握られて、距離が一気に縮まる。
相変わらず越野は機嫌悪そうに眉間に皺を寄せているけど、私は珍しく繋いでくれた手にニヤニヤがとまらない。


「なにニヤニヤしてんだ」
「してない」
「おもいっきりしてんだろ」
「やだ、離さないでー」
「チッ」


それでも手の力が緩むことはなくて、私は越野が可愛すぎて笑ってしまう。越野は基本いつも怒った顔をしているけど、何だかんだ優しい男なのだ。


「…昼、何話してたんだよ」
「あー、4限の国語のペアワークが時間内に終わんなかっただけだよ」
「昼休み、ずっとか?」
「ううん、5分くらい。その後仙道、女の子に呼び出されてたよ」
「…だから来なかったってことか?」
「そうなんじゃない?」


腑に落ちないような表情だけど、私に言えるのはそれだけだから仕方ない。
それより、私が気になるのは、もっと違うことだ。


「越野はその話誰に聞いたの?」
「…それは誰でもいいだろ」
「なんで言えないの?」
「言えないわけじゃねーけど」
「もしかして女の子?」
「…」


やっぱり、思ったとおりだ。
うちのクラスに、多分越野のことを好きな子がいる。
彼女がいるからと身を引くタイプではないようで、いろいろ地味にアクションを起こしているようだ。


「あのさぁ、前も言ったけどその子越野のこと好きだからね」
「…んなこと言われても」
「私の言うことよりその子の方を信じたいの?」
「そういうわけじゃねーけど」


責めるような言い方したってダメだってわかってても、越野が変に絆されないかやっぱり不安で、つい言い方が強くなってしまう。
こんな喧嘩みたいなことしてたら、ますます彼女の思う壺なのに。


「女子は基本仙道みたいなやつ好きだろ」
「彼女に向かって何それ、私以外にも越野のこと好きな子がいたって全然おかしくないじゃん」
「いや…まぁ…」


やっぱり今日の越野はおかしい。
ムスッとしているけれど、私の方が怒って然るべきでしょ、これは。


「信じらんない、越野って意外と卑屈だったんだ」
「あんなスーパー高校級のモテるやつ見てたら誰でもそうなんだろ…」
「モテる人はいるけど、好みなんて人それぞれでしょ!?高校2年生にもなってなんでそれくらいわかってくんないの!?」
「おい、、そんな怒んなよ」
「じゃぁ越野は、陵南2年で一番かわいいって言われてるなっちゃんと付き合わないのはなんでよ」
「俺あの人のこと可愛いと思ったことねーし」
「私だって仙道のことかっこいいとか思ったことないよ」
「うそだ」
「なんで」
「一年の時かっこいいって言ってたじゃねーか」
「いやそれは一般論だから」
「なんだよ、それ!?」
「カッコいいって言ったら全部好きだってことになるわけ!?小学生じゃないんだから!」
「別にそこまで言ってねーだろ」
「私にとっては仙道より越野の方がかっこいいの!」
「…っ」
「そんでうちのクラスのあの子も、もしかしたら仙道のこともカッコいいと思ってるかもだけど、越野をいいなって思ってるの、多分」
「…」
「あのさぁ、仙道は確かにバスケすごいし背高いしイケメンだと思うけど」
「ほらな」
「でもあんな天才肌な人とは別に付き合いたいって思わないよ、あと仙道マイペースだし」
「…そんなもんか?」
「自分はめちゃくちゃ普通なのに、釣り合い取れてないなって思う」
「…俺は」
「越野は優しいし、私には世界一イケメンに見えるし、背だって普通に高いし、何より自然体でいられる」
「…」
「越野だってみんなが可愛いっていうなっちゃんより、私の方がかわいく見えてるんでしょ。好きになるってそういうことじゃん」
「…そんなこと言ってねぇだろ!」
「え、かわいいと思ってなかったの?」
「…っ、そう、とも言ってねぇだろ…」


街灯に照らされた越野の頬がうっすら赤く見えて、怒りながら照れているのがわかった。
そろそろ辺りが明るくなってきて、駅が近い。


「…
「うん?」
「…悪かったな、変なこと聞いて」
「ほんとだよ」


ぎゅ、と繋いだ手に力が込められて、駅に着く前にゆっくりと離される。明るいところで手を繋ぐのは、制服姿の今はちょっと恥ずかしい。名残惜しいけど最後に指先を絡めて、距離を取った。


「越野、」
「ん?」
「私、ほんとに仙道なんて全然好きじゃないから」
「なんてって、お前なぁ」


一応俺の友達だからな、と越野が呆れたように笑う。


「でもまぁ、ほんと悪かった」
「うん、でも越野がヤキモチ妬いてくれて嬉しい」
「っ、!」


一瞬目を丸くした越野の頬が、薄暗くてもわかるくらいに赤くなる。


「…うるせーよ!!」
「ふふ、じゃあ、また明日ね」
「…おう」


ここからは私の家と越野の家は反対方向だ。
そろそろ越野の家の方面の電車が来そうだから、ホームまで行くよう促す。
ちょうど越野がホームについた頃に電車がついて、姿が見えなくなった。
私の乗る電車もそろそろだ。


「…え?」


向かいのホームの電車が発車して、何となく見送っていたら思わず声が出た。
まだホームに越野がいる。
こっちを見て、ちょっと笑いながら小さく手あげている。
どうやら私を見送ってくれるらしい。


「…ほんと、そういうとこだって」


別に、先に帰ったって構わないのに。
電車に乗り込んで、向かいのホームが見えるように奥のドア付近まで進む。
まっすぐこっちを見ている越野と目が合ったような気がして、私は小さく手を振った。
同じように振り返してくれる手。
明日も帰る時、手繋ぎたいって言ったら怒られるかな。
越野、だいすきだよ。











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