朝練が終わって、教室まで急いでいるを、神は呼び止めた。

「なに?」
「今日の昼、ちょっと相談したいことがあるから部室来れない?」
「いいよ、弁当持っていくね」
「サンキュ、よろしく」


早口に言葉を交わし、神は自分の教室に入って行く。
なんだろう、相談て。マネージャーのは、プレイヤーの神から受ける相談などなにも思い浮かばず、首を傾げた。


「まさか…」

実はこっそり付き合っている二人の関係を見直したいとかそういう「相談」だったらどうしよう?
それなら、私としか相談できないだろうし、他の部員の前で声をかけなかったのも納得がいく。

そう思ったら最後、どんどん悪い想像が浮かんでは消え、は午前中の授業の記憶がほとんどないまま昼休みを迎えた。

「(なんだろうなんだろうなんだろう・・・最近自主練に付き合えなくなっちゃったし、部活中も全然喋れてなかったし、冷められちゃったのかなぁ・・・)」

ここ最近の2人の過ごし方を思い出そうとしてみても、デートの時間はもちろん取れず、部活中も雑用や他の部員の手当に追われがちで、言葉を交わすことすらままなっていない。
以前はが神の自主練習にマネージャーとして球出しなどを名目に付き合っていたのだが、最近学校周りで不審者も多く、いくら神が最寄駅まで送るとはいえ、女子の帰宅をあまり遅くさせてはいけないと顧問が心配し、の居残りもしづらくなってしまった。
最後に2人で時間を過ごしたのは、恐らく前回のテスト期間が最後だ。
それも特別練習を行っていたので、部員の何人かでファミレスに行った後、2人とも本屋に寄る用事があるからと偶然を装って部員と別れ、駅前を歩いたくらいである。

あれはあれで楽しかったけどな・・・とはすっかり振られる心づもりとなってしまい、切なく二人の思い出を思い返していた。


部室を覗くと、すでに神はベンチに座り、おにぎりをかじっていた。


「あぁ、悪いね、呼び出して」
「ううん。何かあったの?」
「ちょっとね。あ、念の為カギかけてもらってもいい?」
「カギ?」


言われるがまま、内鍵を回す。
そういえば、神は部室の鍵をどうやって手に入れたのだろう。


「今日は3年生、進路説明会で放課後すぐに終わるかわからないからって、牧さんから預かってきた」
「そうだったんだ」


がどこに座ろうか迷ったその瞬間、神がを抱きすくめた。


「・・・え!?」
・・・・・」


長身の神に抱きしめられると、すっぽりと体が包まれてしまう。
別れを切り出されるのではないかと想定していたは、目を白黒させた。


「え、ちょ、何、どしたの」
「・・・はぁ〜・・・・・・・久しぶり・・・・・」


身をよじろうとするを押さえつけるように、神がさらに強く抱きしめる。
抱きしめながら深く息を吐き、の肩口に額を寄せた。


「神・・・?」
「神じゃなくて」
「・・・・・宗ちゃん?」



「全然をこうできなくて、限界」


そのまま、に口付ける神。
は目を見開いたままキスを受け入れる。


「え、相談って」
「ごめん、それ嘘。誰かに聞かれててもいいようにを呼び出そうと思って」
「なんだぁあ」


は思わずほっと安堵の表情を浮かべ、今度は自分から神に抱きつき、胸に顔をうずめた。


「もー、振られるのかと思った」
「え!?なんで!?」
「だって、最近全然二人で話せてなかったし。冷めちゃったのかって」
「まさか!冷めるとか、むしろその逆だよ」


再び神はを強く抱きしめると、髪を優しく撫でた。


「なんとかと二人で過ごせないかって、毎日そればっかり考えてた」
「それで、今日なの?」
「今日はさ、1年が校外学習行ってるだろ? 3年生は昼から進路講演会で、その後進路説明会だし」
「部室の鍵、渡してもらえたんだもんね」
「さらに、他の2年生も移動教室とか、委員会とかで昼休みに自主練はしないって言ってたからさ」
「そうなの?すごい偶然」
「朝練でたまたまそんな話になって、もう今日しかないなと思って」


部室の鍵は職員室にも保管してあるが、基本的に部長が持っている1本を使う。しかし、それは練習中の貴重品の保管や、細々とした道具類を出し入れするためである。
そもそも部室で全員が着替えられるわけでもないし、バスケ部の部室は限られたメンバーでのミーティングなどでしか使用されていない。部員が昼の自主練を行ったとしても、鍵を持っている部長の牧も含めて部室に立ち寄ることはまずない。
鍵さえあれば、こっそり二人で部室を使うことは難しくはないが、部室への出入り口は体育館からよく見えるため、出入りの瞬間を部員に見られるリスクが高いのである。



「はぁ〜、
「宗ちゃん」


「ごめんね、自主練付き合えなくなって」
のせいじゃないだろ。それに、家までは送れないから、俺もそろそろいいよって言おうと思ってたんだ」
「でも、そこくらいしか時間ないのに」
「会えないわけじゃないから」


それに、と神は続けた。


「そのうち、俺が鍵を管理する立場になるから」
「!!」
「牧さんに引退してほしいわけじゃないけど、そこだけはちょっと楽しみではあるんだよね」


悪戯っぽく笑う神に、もつられて笑みを浮かべる。


「だからって、そんな頻繁に来れないでしょ」
「でも、部長とマネージャーとして、本当に部活のことを話し合うこともあるだろうし」


少しまじめな顔をして、神がを見つめる。


は、俺の大事なパートナーだからさ。一緒に海南のバスケ部を支えていってほしい」
「宗ちゃん・・・」


神にとっては、可愛い彼女であり、プレイヤーとしての部員を支えてくれる頼りになるマネージャーであり、新体制になってからは部活をまとめていくための大切なパートナーである。
常勝のプレッシャー、さらに前部長は県内ナンバーワンプレイヤーとも謳われる牧。
神が背負う重圧は想像に難くない。


「まぁとにかく今日は、ラッキーな時間ということで」


再び、神がに顔を寄せた。


「・・んっ、ふぁ」
・・・」


少しずつ深くなるキスに、の唇から吐息が漏れる。
の頭を撫でながら、後頭部を押さえて神がより深く口付ける。


「やぁ、宗ちゃん・・・・」
「そんな目で見られたら我慢できなくなっちゃうよ」


最後にちゅっとリップ音を立てて、神がから離れる。


「また今度、ゆっくりね」
「もう・・・!誰のせいで・・・!」


名残惜しそうにくっついていた体を離し、その代わりに指先を絡めあう。
チラリと時計を見ると、そろそろ予鈴が鳴る時間である。


「また、放課後部活でね」
「うん」


部室を出る直前にぎゅっと強く手を握り、そして放すと二人は部室のドアを閉めた。









secret meeting