部活動連絡会なんて久しぶりに出席するから、全然流れを覚えていない。とりあえず部活動名の欄にマルつけるんだっけ。キョロキョロ周りを見回しながら、後ろの方の隅っこの席に座る。美術部部長が確か知ってる子だったはずなのに、まだいないみたいだ。早く来すぎたかも。


「バレー部はいつから女子キャプテンになったピョン」
「ひっ!?深津!」
「ここ、空いてるピョン?」
「どうぞどうぞ!!よかったー!知ってる人いて!」


私の隣の席にドサリ、と荷物を置いて、深津が出席表の方へ歩いて行く。びっくりしたー、でも、そうか、深津ってバスケ部部長だもんね。連絡会出席するよね。…早く来て、よかった、かも。


、書類取ってないピョン」
「え、あ、ありがとう」
「部長はどうしたピョン」
「選択科目で、校外演習なんだって」
「副部長がいるピョン」
「あー…そういわれたら、そうだね」


昼休みにわざわざ教室まで来て何かと思ったら、代理で出て欲しいって言われて、あんまり深く考えずに頷いてしまった。
でも、深津が隣の席来てくれたから全然オッケー、むしろ部長ありがとう!クラスは同じだけど毎日喋れるわけじゃないし。お互い部活で忙しいし、こんな風に放課後に話したことなんてほとんどない。これは、このあと、一緒に部室棟くらいまではいけるんじゃ!?


「なにニヤニヤしてるピョン」
「え、!?」


やば、まだ連絡会始まってもいないのに、もう終わった後のこと妄想してた。
深津がうっすら引き気味の目線をこちらに投げている。そ、そんな顔しないでよ。


「…昼のことでも、思い出してるピョン?」
「へ?」

昼のこと?何の話だろう?

「何でもないピョン」


ぽかん、とした私を一瞥し、深津がカバンの中からペンケースを取り出す。
昼といえば、今日もバスケ部の後輩マネちゃん、深津のこと迎えに来てたなぁ。私が部長に呼ばれて話している横を、2人が連れ立って歩いて行ったのを見た。やっぱり、付き合ってるんだろうな。2人でお弁当食べ出したのも今年になってからだし。


「…今度はなに落ち込んでるピョン」
「え!?」


なんで落ち込んでるってわかるの!?
びっくりして目を丸くすると、深津が呆れたように口の端で笑っている。


はわかりやすすぎるピョン」
「そんなこと…!」

ないでしょ、と言いかけて、わかりやすいってことは、もしかして深津って私の気持ちに…?まで考えて、口を開けたまま固まってしまう。顔が熱い。


「どうしたピョン」
「…なんでもない」


これ以上深津と喋ったらヤバい。
筆箱出そっと。筆箱、がま口の、お気に入りの、ふで、ばこ…え、うそ、ない。うそ。


「……深津」
「…ボールペンならあるピョン」
「アリガトゴザマス」


カバンから顔を上げて深津の方を見た時には、多色ボールペンが差し出されていた。ほんとに周りをよく見ている。
ボールペンを受け取ったところで、連絡会の担当の先生がやってきて、私たちは自然と口をつぐんだ。そっと横目で隣をうかがうと、いつもと変わらない表情の深津がまっすぐ前を向いている。
会自体はすぐに終わり、私はほとんど使わなかったボールペンを深津に返す。


「ありがとう、深津」
「筆箱、取りに行くピョン?」
「うん、今夜はレポート書かなきゃだし…」


せっかく一緒に部室棟に行けると思ったのになぁ。なんで今日に限って忘れちゃうんだろう。


「一緒に行くピョン」
「へ?」


荷物を手にした深津が、私の荷物まで抱えて教室から出て行く。え、ちょ、は!?


「え、深津、どゆこと?」
「早く教室の鍵職員室に取りに行くピョン。お前の荷物は持って行ってやるピョン」


有無を言わせない雰囲気に飲み込まれ、私はあわてて職員室に走り、そこから教室まで走った。
ペンケースを机の中から引っ張り出し、カバンにしまう。


「あったピョン?」
「うん、あった、ありがとう」


ドアを閉めようとしたところで、クラスメートがやってきて、居残りの課題を命じられたから教室は閉めておくと言われ、これ幸いと鍵を渡す。
深津と並んで階段を降りながら、私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
なんで一緒に来てくれたんだろう?


「…あの、深津」
「なんだピョン」
「えっと、ありがとう?」
「別にいいピョン」
「…」
「…」
「…は」
「うん?」
「レモンのはちみつ漬け作るのがうまいって聞いたピョン」
「へ?だれに?」
「バレー部の部長ピョン」
「えっ、そうなの!?」


平日は難しいけど、春から夏の終わり頃の土日練習の時に仕込んで作っていくことが多いはちみつ漬けレモン。先輩マネージャーから代々伝わる伝統レシピで、みんな美味しいって食べてはくれるけど、他部の人にまでそんな話してるなんて。ちょっと、いや、だいぶ恥ずかしい。しかも深津にそんなこと言ってくれてるなんて。嬉しいやら恥ずかしいやら感情が忙しすぎる。


「…羨ましいピョン」
「え、」
「うちはドリンクの味がいまだに安定しないピョン…」
「…、」


遠い目をしてぼやく深津の顔が、悪態をついていてもどことなく優しい顔をしている気がして、私は言葉に詰まる。去年珍しくバスケ部がマネージャーとしての入部を認めた現在2年生の女子マネは、小動物のような可愛らしさで、他の運動部の連中が去年の4月に文句垂れていたのが懐かしい。


「バレー部のやつらがたまに憎くなるピョン」
「え!?」
「俺もお手製の料理食べたいピョン」
「料理て…ただレモンスライスしてはちみつにぶち込んだだけだよ」


しかも当然可愛いケースとかではなく、おばあちゃんの家にあったA4サイズのタッパー2つ分で、漫画のような可愛い差し入れとは程遠い。


「俺もに作ってほしいピョン」
「えー…」


バスケ部ほどじゃないけど、バレー部もそれなりの人数がいる。さらにバスケ部ともなると、タッパーいくついるんだろう…
でも…

「レモン買ってきてくれたら、日曜日の練習のとき作って持って行こうか?」


うちの部員数でレモン4つくらい使うから、バスケ部は6個か7個くらいあれば足りると思うけど、と言うと、深津がおもしろくなさそうな顔をしてこちらを見ている。


「え…な、なに?」
「お前、純粋にバスケ部のために作ろうとしてるピョン?」
「え、だって深津が作ってほしいっていうから!」
「俺は、俺のために作ってほしいって言ったんだピョン」
「はぁ!?」
「…バレー部のやつらが憎いのは嫉妬だピョン」
「はぁあ!?」


嫉妬!?嫉妬って、だって、それって、好きな人と仲良くしてる人とかにするやつじゃないの!?


「あっ、なに、もしかしてウチの部員がそちらのマネちゃんに何かした!?」
「はぁ?」


今度は意味がわからないというように深津が眉間に皺を寄せる。


「なんでそこでウチのマネが出てくるピョン」
「え、嫉妬とかいうから!」


深津にとっていろいろな意味で大事なマネちゃんに、ウチの輩が何かちょっかいをかけたのだとしたら、お詫びにはちみつレモン大量に作らねば。
そんなんでお詫びになるのかよくわからないけど…


「……、何か盛大に勘違いしてるピョン?」
「え…?深津ってマネちゃんと付き合ってるんじゃないの?」
「付き合うわけないピョン」
「えっ」
「なんでそんなことになるピョン」
「だって、お昼は?」
「あれは練習内容の打ち合わせに監督のところに行ってるだけピョン」
「わざわざ迎えに来て…?」
「あれは俺をダシにしてるだけピョン」
「ダシ?」
「あいつは俺たちのクラスのサッカー部員が好きなんだピョン」

あ、これは内緒だったピョン、と棒読みで深津が付け足す。サッカー部…そういや別に一般的には決してイケメンじゃないけど、人間性が素晴らしいキーパーがウチのクラスにいた。彼女、なかなか見る目、ある。
ん?じゃあ、嫉妬って?


「鈍いやつだとは思ってたけど、ここまでとは想定外ピョン…」
「な、なに!?」


ふぅ、と口を尖らせて息を吐く深津に、なんとなく申し訳なくなってくる。


「俺は、に、俺のためだけにレモン漬けてほしいと思ってるピョン。のレモンを、他の奴らに食べさせたくないピョン」


意味、わかるかピョン?と深津に上からまっすぐ見下ろされて、私は思わず足を止めてぽかんと見上げてしまう。
それって…………


「深津専属のマネージャーやれってこと?」
「……微妙に違うピョン」


えー!?なに、どういうこと!?
瞳が一瞬揺れて、でも深津の表情は変わらない。


「レモンの話するからわかりにくいピョン?」
「ん?」
「自分の好きな女子が、他の男に手料理つくって、それを他の男が喜んでたらおもしろくないピョン。そういう手間暇かけてくれるのは、自分だけにしてほしいピョン」
「好きな…女子…」
「ただ、マネージャー業は仕方ないピョン。だから、せめて俺にも作ってほしいピョン」
「…」
「……、俺と付き合わないかピョン」
「……付き合わないか…?」


え、付き合わないか、って、え、これはお誘いの文句、だよね!?
お誘い、付き合うって、どこに、とかそういうのじゃなくて、


「ええええ!?」
「お前がバレー部の部長を好きなんだったらスッパリ諦めるピョン」
「は!?部長!?ないないない!!!」
「そうかピョン」
「深津って私のこと好きだったの!?」
「…声がデカいピョン」


深津が軽く眉をひそめて、私の鼻をつまむ。


「ご、ごめ、」
「話の続きは今日の帰りピョン。自販機前で待ってるピョン」
「ふ、ふぇ」


気づけばもう部室棟は目と鼻の先で、さっきの大声はグラウンドや体育館からの掛け声で周りには聞こえていなかったようだ。校舎の時計を見れば、終礼から30分以上が経っていて、部活動連絡会があったとは言え、そろそろ行かなくては。


「ふ、深津!」

体育館への階段を上がりかけていた深津を呼び止める。着替えはそのまま体育館でするんだろう。


「?」
「わ、わたし、深津の、その、彼女ってことでいいの?」
「…はそれでいいピョン?」
「ん、うん、」
「…なら、俺はの彼氏だピョン」
「…う、うん…!」


珍しく、深津の口角が少しだけ上がって、またすぐにいつもの真顔に戻る。体育館へ向かう彼は、「山王バスケ部キャプテン深津一成」だ。
私も早く着替えて、部活に行こう。体育館ではニヤけているわけにはいかないから、今ここで精一杯ニヤけておかなくちゃ。
連絡会代理に立ててくれて、ほんとに部長、ありがとう!!











It's a honey sunny day