「ほんと、幸せそうだね」

春休みの昼下がり、お茶に付き合ってくれた友達が呆れたようにクッキーをつまむ。


「だって、幸せだもん」
「でも、いきなり遠恋でしょ?どうすんの?」


卒業式に告白して、晴れて深津と付き合えることになったけど、秋田と関東の遠距離恋愛。まぁまぁの長距離だ。
深津は毎週末帰るとか言ってたけど、バスケしてたらそんな暇無いだろうから、私が深津の家に行くのが現実的な気がする。でも毎週末とか、仕事しながらそんなこと可能だろうか…と一抹の不安はよぎる。


「ていうか、距離もそうだし、不安じゃないわけ?」
「なにが?」


距離が遠いのは寂しいな、とは思っていたけど、それ以外の不安要素なんてあったっけ?


「いやだって、深津くんて大学進学なんでしょ?しかも関東」
「うん…」
「大学生なんて合コンとか毎日のようにやってんじゃないの」
「合コン…」
「合コンに行かなくても、同じ場所に女子が何人いると思ってんの?」
「じょし…女子……?」


そうだった。3年間工業高校で、深津の周りには男子しかいないのが当たり前だったけど、4月からは男女共学の場所に彼は毎日通うのだった。
自分の就職先がこれまでと変わらず男まみれな場所だったのですっかり抜け落ちていたけど、深津はこれからたくさんの女子と出会うのだ。
中には当然、可愛い子やスタイルのいい子、たとえそうでなくても深津の好みに合う子がいるだろう。
何十人の男子と関わる中で深津を思い続けた私と違って、深津が日常的に関わった女子は10人にも満たないかもしれない。


「ど、どうしよう…!!」






友達とそんな会話をした次の日は、私の家で深津の新居に持って行くものを準備することになっていた。
本当は、深津の部屋に行って荷造りを手伝いたいが、寮生活のためそれは難しい。
3月はさすがの深津も新生活への準備期間で、部活もないし私たちは暇さえあれば買い物に行ったり、私の家に来たりして一緒に過ごしていた。
おかげで早々に親公認の仲となり、来年から外泊が多くなっても問題はなさそうだ。


「とりあえず行ってみて、必要なものを考えようかな。向こうで買ってもいいもんね」
「それもそうピョン」
「ドライヤーって持って行く?」
「……が選んだやつ買っておくピョン」


まるで同棲生活でも始めるような会話に、少し頬が緩む。でも、現実は、ひと月もしないうちに離れ離れになってしまうし、深津も私も新しい生活が始まる。


「…」
「どうしたピョン」
「…ううん…」
「…顔が暗いピョン」
「…」
「…寂しいピョン?」
「そ、そりゃあね」


でも、寂しいだけじゃない。
この間まで考えたことのなかったような不安感に頭も心も重くなったような気がする。


「…昨日、何言われたピョン」
「え、」
「隣のクラスのあいつと会ったって言ってたピョン。どうせろくでもないこと吹き込まれたピョン」
「ろっ…!」


ベッドに座っていた私の横に並んで座り、深津がじっとこっちを見つめる。


「思ってること、ちゃんと言えピョン」
「……」
?」
「…4月からさぁ」
「…」
「深津の周りにはたくさん女の子がいるのに、不安じゃないのかって」
「は?」
「今までは関わる女子が少ない中で深津は私を選んでくれたけどさ、もっと可愛い子とか、深津好みの女の子がたくさんいるかもしれないじゃない」
「…」
「そしたら、深津は…私のことなんて…もう……」


どんどん声が小さくなって、最後は言葉にできなかった。深津の顔も見れず、下を向いてしまう。


「やっぱりろくでもないピョン」


深津が動いて、ベッドのスプリングがはねたと思ったら、私は深津の足の間にすっぽりおさまって、後ろから抱きしめられていた。


は俺のこと女子と喋れない童貞か何かだと思ってるピョン?」
「どっ!?し、知らないよそんなこと!!」
「中学は普通に共学だったし、別に女子と関わりがなかったわけじゃないピョン」


頭に手を置かれ、ゆっくりと髪を撫でられる。


「俺は別に、が可愛いから好きになったわけじゃないピョン」
「好みのタイプとかはよくわからないピョン。好きになったらすべてが好きだし、強いて言うならが好みのタイプだピョン」


前を向いていた私の顔を横に向かせ、覗き込むように深津が私を見る。


「他の女は眼中にないピョン」


そのまま深津の顔が近づき、今日初めてのキスをされる。いつもなら触れてすぐに離れる唇が、今日はなかなか離れていかない。それどころか、角度を変えて食べるように深津の唇が私の唇をとらえていく。


「…んっ…」
「…」
「…っ、んっ…!」


深津の唇ではない何か、つまり深津の舌が私の唇をなぞっていく。初めての感覚にビクリと肩をはねさせると、深津がゆっくりと離れた。


「…嫌だったか?」
「……ううん……びっくり、しただけ」
「…そうか」
「っ!」


よく見ていないとわからないくらい少しだけ口の端を上げて、深津が再び顔を寄せる。
今度は躊躇なく私の唇をなめあげ、半開きになった口から深津の舌が侵入する。


「…っん、ふ、ぁっ」
「ん…」
「…ん……ぁっ、んっ…」


私の舌にからませたり、歯列をなぞったり、深津の舌がやりたい放題に動き回る。ぎゅっと瞑った目からひと粒涙がこぼれ落ちそうになったとき、深津が私の舌を軽く吸い上げて離れていった。


「っはぁ、はぁ、」
「ちゃんと息しろピョン」
「〜〜〜〜!!」


初めての深いキスに、私は息も絶え絶えなのに、深津は表情ひとつ崩さずに涼しい顔をしている。
また同じキスをされたら身が持ちそうにないので、抱きついて目の前の深津の胸へ顔を埋める。


は、素直で基本を大事にできる人間ピョン」
「え?」
「実習の時、他の奴がなおざりにしがちな、基本の動きとか、最後の仕上げとか、片付けの順番にもちゃんとこだわるピョン」
「…」
「先生に言われたコツも、ちゃんと素直に聞いて実践するピョン」
「…」
「スピードは遅いけど、仕上がりはいつもキレイピョン」
「…あ、ありがとう」
「それは女子だからとかじゃなくて、だからちゃんとできてるってわかってるピョン」
「…」
「あと、俺のことをこんなに好きな女は他にいないピョン」
「な!?」
「大事なことピョン。のことをこんなに好きな男も俺だけピョン」
「っ!?」


私の体にまわす深津の腕の力が少し強くなった。



「うん」
「何もしなくても大丈夫とは言うつもりないピョン」
「…うん」
「俺はのことが好きだから、が俺のことを好きでい続けるように、努力するし、できるピョン」
「うん」
「それは、同じようにも俺のことが好きで、俺が好きでい続けられるようにが努力できるかも関係してると思うピョン」
「…う、うん」
「…本当にわかってるのかピョン」
「う、うん、多分?」
「…とにかく、お互いに好きなら、俺たちはたぶん大丈夫ピョン」
「…うん」
「今は少なくとも、以外好きになるとか考えられないピョン」


わかったか?と、深津が私の体を強く抱きしめる。


「っ!!わっ、わがっ、ふか、ちょ、ぐるじっ」
「色気も何もないピョン」


ケホケホと咳き込みながら深津を見ると、少しだけ口角があがって楽しそうだ。


「…ありがとう、深津」
「くだらないことで悩むなピョン。時間がもったいないピョン」
「うん」


ベッドに座っている深津の足の間に立膝をつき、深津の首に腕を回す。
ぎゅっとしがみつけば、腰と背中に回された腕に抱き締められる。


「深津、大好き」
「知ってるピョン」










キスでほどく呪い