ーーもしもし?
こんばんはピョン
ふふ、こんばんは。元気?
ぼちぼちやってるピョン
ちゃんと食べてる?牛丼ばっかりとかじゃない?
一応身体が資本だから気をつけてるピョン。は、仕事どうなんだピョン
うん、それなりに慣れてきたよ。
週に1回だけ、金曜か土曜の夜、こうして深津と言葉だけを交わす。
電話代のことや、家族(特にお父さん)の目が気になってあんまり長い時間はできないけれど、それでも私にとっては1週間の中で何よりも大切な数十分だ。
4月の最初の頃は、さすがに深津の声にも疲れが滲み出ていたけれど、最近は新生活にも慣れたのか、また落ち着いた声に戻ってきた。
も、だいぶ楽しそうだピョン。
え?そう?
入社式の週は、声が弱々しくて今すぐ辞めるって言うかと思ったピョン。
うっそ、私そんなだった!?
特に嫌な人がいるとかではないが、通勤時間も長くなったし、とにかく慣れない環境についていくのに必死だったことは覚えている。
来週、楽しみにしてるピョン。
うん、わたしも。
身一つで来ればいいピョン。荷物なんて絶対どこかで落とすピョン。
どういうことよ。
お前は東京をわかってないピョン。
ため息混じりにつぶやかれ、ケラケラと笑って返すと「冗談じゃないピョン」と一応真面目な声が返ってくる。
でも、服とか。
全部貸してやるピョン。
パンツも?
ピョン。
やだよ。
ひどいピョン。
ひどいとかじゃなくて、最低限の衛生観念でしょ。
ゴールデンウィークに2泊3日で深津の部屋に泊まりに行く。丸々オフではないけど、2日目の午後と、最終日の午前は時間がありそうということで、初めて24時間近く一緒にいられそうだ。
2日目の午前は練習試合だとかで、たまたまオフだった河田と一緒に見学に行くことになっている。
そういえば、この間はお父さんがありがとね。
いや、俺も挨拶してからこっちに来るべきだったピョン。
東京にひとりで行くだけでも心配なのに、さらに彼氏の家に泊まりに行くと知って、お父さんは仰天していた。こっそり行くこともできたけど、後々のことを考えて、正直に打ち明けた。未成年だけど社会人一年目。お金ももちろん自分で出すし、自分のすることには責任を持つ。彼氏である深津はいい加減な男じゃないから、信じてほしい、と頭を下げた。
母の口添えもあり東京行きは無事許可が降りたが、それはそれとして、深津と話をさせろと父が聞かなかったのだった。
ちょっと緊張したピョン。
そうなの?うちのお父さんもなんか聞いたことない喋り方してた。
うっかりピョンて言わないように神経使ったピョン。
え、そうなんだ!ピョンて言わなかったんだ。
当たり前だピョン。
言われてみれば、お母さんと会った時も語尾つけてなかったっけ。
お父さん、しっかりした子だなって言ってたよ。
それはよかったピョン。
話し始めたら部屋から出るようにジェスチャーされ、部屋を出てきた時には電話は切られてしまっていて、結局どんな話をしたのか聞いていない。
別に、普通の話しかしてないピョン。
普通の話って?
名前とか、実家の場所とか、通ってる大学とか。
そんなの私に聞けばわかるじゃん。
…あとは男同士の話ピョン。
えぇえ?
何はともあれ深津のことも、深津との交際も認めてくれているようだから心配はないけれど、何か余計なことを話しているのではないかと気掛かりだ。
初めての父の日のプレゼントの話、聞いたピョン
はぁ??
よくわからないけれど、細かいことはまたお父さんに聞こう。
時計に目をやるとそろそろ30分を越えてしまう。お風呂にも入らなくっちゃ。
じゃぁ、次は東京で、だね。
待ってるピョン。待ち合わせ場所、ちゃんと覚えてるピョン?
新幹線の、4号車降りたとこ。
新幹線の到着時刻には間に合わなくても、17時半には着くように行くから、ホームから絶対動くなピョン。
はーい。何か欲しいものとかない?
実家とか河田の家から送ってもらってるから、いいピョン。はとにかく荷物増やすなピョン。
なんで河田の家?と思ったけど、秋田のもので欲しいものは河田と交渉しているらしい。バスケ部の繋がりは本当に濃い。
明日も練習だよね、ごめん遅くなっちゃった。
大丈夫だピョン。…、
うん?
早く会いたいピョン。
…うん、私も。…深津…、
なんだピョン。
…えっと…すき、だよ、
聞こえないピョン。もう一回言うピョン。
うそ!
大した内容じゃないならいいピョン。
っ、もう!!…深津、好き。
俺もピョン。
えーーー
…俺も、好きだピョン。
ふふ、ありがと。
風邪ひかないようにしろピョン。
うん、ありがとう、おやすみ。
おやすみピョン。
早く、会いたいな。
ベッドに横になって、耳に残る深津の声を繰り返しなぞりながら、幸せな眠りに落ちるのだった。
***
ーーーあー、もしもし、こんばんは
ーーーこんばんは。初めまして、深津一成と申します。いつもさんにはお世話になっております。
あ、あぁ、の父です。その、仲良くさせてもらっているとかで。
いえ、こちらこそです。
…
…
…
すみません、
え?
秋田を離れる前に、ご挨拶するべきでした。
い、いや、いろいろと忙しかっただろうし。山王のバスケット部でキャプテンをしていたんだってね。今もバスケを?
えぇ。
卒業後もバスケットは続けるのかい?
…それは…
…娘はまだそこまで考えていないようだが、時間というのはあっという間に経つものだからね。
…バスケットのことは正直どうなるかは未定です。が、
…
さんとは、真剣にお付き合いをしています。どんな進路になろうと、さんと離れるつもりは、少なくとも僕にはありません。
…そう、かい。…ありがとう。
すみません、お電話でするような話ではなかったのですが。
いや、構わないよ。娘のいないところで、深津くんの口から聞けてよかった。
ありがとうございますーーー
本人に言う前に、父親への挨拶を済ませてしまった気がしないでもないが、大した問題ではないだろう。
来週はようやくに会える。
早く、触れたくてたまらない。
2回言わせた「好き」を繰り返し反復しながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。