身長が伸びるにつれて距離ができた気がしてた。


いつから、宗ちゃんのことを「宗ちゃん」と呼ばなくなったんだろう。
小学校に入った頃、宗ちゃんがクラスの男子に「女子のこと名前で呼んでるなんてきもいやつ」っていじられているのを目にしたことがあった。その時宗ちゃんが何て返したのか全然覚えていないけど、「」「宗ちゃん」って呼ぶのが何だか悪いことのように感じて、少しずつ距離ができてきたのかもしれない。
それに加えて、宗ちゃんの身長がどんどん伸びて。小学校卒業の頃はそんなにかわらない、むしろ私の方が高いくらいだった目線が、たまに並んで立つたびに上がっていって、宗ちゃんの顔が遠くなるたびに声が届かなくなるような気がして。
中学入学後には他の小学校の生徒の目もあってすっかり「」「神」と呼ぶようになって、卒業する頃には会話を交わすことすらほとんどなくなったのだった。






***





「ねぇねぇ、なんか知ってる?」
「え?なにが?」



体育が終わって、昼休みの女子更衣室で、シャツのボタンを留めていると友達がぐっと耳元に顔を寄せて話しかけて来た。クラスの子は半分以上が着替え終わってバタバタと更衣室を後にしている。


「神くん。なんかC組にいい感じの女子がいるっていう話」
「え、そうなの?」
「なんだ、も知らないのかー」


つまらなさそうに友達が首を引っ込める。


「そんな、幼馴染だからって知ってるわけないじゃん。ていうか私ここ最近神と喋ってないよ」
「でも家も近いんでしょ?親同士でなんか聞いてないかな、とか」
「高校生にもなって、それこそ親には話さないでしょ」


カーディガンに袖を通し、荷物をまとめて棚を確認する。
毛先をくるくるといじっている友達はすでに入り口のドアの前だ。


「ごめん、おまたせ」
「でも本当、と神くんて幼馴染の距離感じゃないよね」
「そうかな、」
「全然喋ってるとこ見ないし」
「うーん、まぁ別に話題もないよね」


昼休みの校内は、わいわいがやがやと騒がしい。
特にテスト前は、普段昼練をしている部活も休みになったりするので、なんとなく廊下にいる生徒の人数がいつもより多い気がする。
ふと渡り廊下から中庭に視線をうつすと、体格の良い男子が4、5人かたまっているのが見える。



「(…神だ)」


同学年のバスケ部のメンバーと車座になっておにぎりをかじっている。手元には何かのプリントもあって、何かのミーティングだろうか。
時折頭が前後に揺れて、うなずいたり笑ったりしているらしい。
あの神にもいよいよ彼女ができてしまうのか。



「なに?なんかいるの?」
「っ、なんでもないよ、」


中学で微妙な距離感となってしまった幼馴染とは、何の因果か同じ高校に通うことになってしまったけど、一般入試だった私の合格を両親だけでなく神のおじさん、おばんさんもとても喜んでくれた。春休みには神の家に招待してもらってすき焼きまでご馳走になって、その時は神とも前のように喋ったり「宗ちゃん」と呼んだような気もしないでもない。
けれど、入学後はクラスも違うし接点もほとんどなく、別にわざわざ一緒に過ごす理由もなかった私たちは自然にまた疎遠になった。でもそれは、神に限らず同じ中学出身のメンバー全員に言えることだ。



「あ、」
「え?」


ほら彼女だよ、と友達が耳打ちする。
廊下の奥を女子生徒が二人連れ立って歩いていて、二人ともすらりと背が高い。特に左側の彼女は、すれ違う男子生徒によっては彼らよりもやや高いくらいで、おまけに顔も小さい。
すぐに近くの教室に入って姿が見えなくなり、友達が話を続ける。


「新体操部の子だよね、確か。めちゃくちゃスタイル良くて有名な」
「あー、そうかも」
「他の男子だと目線同じくらいだけど、神くんなら確かに、並んだら絵になりそう〜」
「そだねー」


そう、女子の平均身長あるかないかの、新体操部の彼女に比べるとはるかに「ちんちくりん」な私では、神の隣は似合わない。
もう一度横目で中庭を覗いてみたけれど、神たちの姿は角度的に見ることはできなかった。




***

ローファーに履き替え、昇降口から外に出ると、あたりはすっかり薄暗い。
来週から期末テストということで、数学の先生に質問をしていたら随分遅くなってしまった。



「あれ、?」
「!」


部室棟の方から神と、その他バスケ部のメンバーが何人か連れ立って歩いてくる。
中には同じクラスの部員もいて、声をかけてくれたのは神ではなくて彼のようだった。


「バスケ部練習してるの?」
「公式戦近いからな。朝練と昼練はさすがにないけど」


他のメンバーとも短くやり取りを交わし、それぞれの通学手段に合わせて何となく散り散りになってゆく。家が近所の私と神は、当然同じ方向への帰宅ルートになる。


「…私なんかと一緒に帰って大丈夫なの?」
「なにが?」
「…なんかいい感じの人がいるって」
「は??」


最寄駅までの10分弱、神とこんな風に帰るのは初めてではないけど、タイミングがタイミングだけにソワソワしてしまう。
もし、何か変な噂になって神や新体操部の彼女の迷惑になったら申し訳ない。


「スタイルいいし、身長的にも神とお似合いだよね、あの子」


なるべく嫌味でなく、そして冷やかしているような言い方にならないように気をつけたのに、語尾が少し震えた気がする。さっきの「は?」は、神があんまり機嫌が良くない時に発する言い方だったし。こんなこと言われるのは気に障っただろうか。



「新体操部の次期部長って言われてるあの子の話?」
「そうそう」
「それ、誰から聞いたの」
「誰って…結構噂になってるじゃん。お似合いだし、付き合ってるんじゃないかって」


神の周りの空気がうっすらと強張っている。
私も、うわっつらな愛想笑いを貼り付けるのに精一杯で、気まずい空気が流れる。


「俺、彼女のこと好きだとか、可愛いとかすら一言も言ったことないけど」
「そうなの?でもお似合いだよ」
「お似合いだったら好きになれってことかよ」
「そういうことではないけど…」


どんどん神の声が刺々しくなっていく。


「だいたい、さっきからお似合いお似合いって、どういう基準で言ってるわけ」
「どういうって…並んだ時の雰囲気とか」
「見たことあるの、それ」
「私はないけど…」


想像したらめちゃくちゃ二人のバランスよくて、お似合いだったんだよ。
と、心の中でつぶやいて、ぐ、と飲み込む。
言葉に詰まってしまった私の腕を、神が突然引っぱった。
体勢を崩しかけて、何とかその場に立ち止まる。


「え、な、なに、!?」
「だからさ、似合うから付き合ってるのかとか、なんなんだよ、それ」
「…え、ごめ、」
「人から見られて似合うからその子のこと好きになるような男だと思われてるなら心外だよ、ほんと」
「…」
?」
「…ご、めん、」


ふーーと息を吐くと、神が静かにニュートラルな声を出す。


「…俺の好みのタイプ、教えてあげようか」
「…え」
「俺、結構小さい子好きなんだよ」
「…」
「背高いんだから背高い女子と付き合えって友達にもよく言われるけど」
「…」
「まぁ実際好きになったら身長は関係ないだろうけど、ずっと好きな女の子がいて、その子の身長が高くないから」
「好きな子…」


いたんだ…


「あとは周りに気が使える子なんだよね。使いすぎてて困るくらいなんだけどさ」
「…そう、」


それは好きなタイプとかじゃなくて、好きな子の説明なのでは…?


「人に言われたからって、俺の呼び方変えたりとか。言わせとけばいいのにな」
「…へ、へー」
「まぁ俺も恥ずかしかったし、宗ちゃんて呼ばれなくて意地張ってその子のこと苗字で呼び始めたりしたから悪いんだけど」
「…ふーん…」
「まぁ中学生なんてそんなもんかな、と今なら思うし」
「…中学、」


中学の時にはもう好きだったんだ、そっか…


「あと俺は身長なんて気にしないのに、並んだ時の目線とか、自分はちんちくりんだからって人にどう思われるか、とか気にしてさ」
「…ちんちくりん…」
「ちんちくりんでもさ、俺が可愛いと思ってるんだからよくないか、別に」


そんな風に神に「かわいい」って言ってもらえるその子、きっと本当にかわいい子なんだね。中学の時なら私の知ってる子なのかな。


「…わたし、知ってる子?」


力のない微笑みを浮かべて神を見上げると、神がびっくりしたような顔をして、すぐに苛立ったような、呆れたような、なんとも言えない表情を浮かべた。


「…じ、神?」
「…、それ本気で言ってる?」
「えぇ?」



はーーーと深くため息をつき、神が後頭部を掻く。
そのまましゃがみこみ、一度うなだれたあと、また顔を上げる。


「うーん、好みのタイプ、もうひとつ追加だな」
「は?」
「めちゃくちゃ鈍い、ていうのも俺の好みのタイプなんだな、きっと」


困ったように笑う神に、さすがの私もこれまでの話がつながり始めた。



「え…ま、まさ、か…」
「やっとわかった?」


神がしゃがんでいるから、珍しく私が神を見下ろす形になる。



「はは、この角度で見るの顔、新鮮だな」
「なっ、えっ、うそ…っ」
「嘘じゃないよ」



神が徐に私の手を取り、握りしめる。
大きな神の手に、すっぽり包まれてしまう手のひら。



「俺、ずっとのことが好きだよ」

「高校入ってからは部活忙しくて、正直付き合うとか考えてる余裕なかったけど」

「そんな噂で泣きそうな顔するくらいなら、俺の気持ち伝えるから、信じてほしい」




神がゆっくりと腰を上げ、優しい顔をして私のことを見下ろす。
高いところにあるには違いないけど、その目はまっすぐ私を見つめてくれている。
私が神と向き合う勇気を持っていなかっただけなのかもしれない。



「…手、繋いで帰ってもいい?」
「もちろん」
「…宗ちゃん」
「なに、


くすぐったくて思わず笑ってしまう。神…いや、宗ちゃんも同じなようで、声に笑いが滲んでいる。


「…宗ちゃん、すき、だよ」
「うん、俺も」








「俺、と並んでるところお似合いだって言われたことあるよ」
「うそ!?いつ?」
「海南入ってすぐの頃。身長差あるのカワイイって」
「わたし言われたことないよ?」
があまりに俺に対して塩対応だからじゃない?」
「…そ、そかな」
「そうだよ」
「ご、ごめん」
「いいよ、その分はこれから取り返すから」
「…え?」







遠いようで近い





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