「質問のあるやつー、いないなー、じゃあ解散ー」


生徒会の先生の宣言と同時に、ガタガタと一斉に椅子が動く。


「じゃあさん、半年間よろしくピョン」
「あっ、うん、よろしく、!」


前の席に座っていた深津くんが後ろを向いて、声をかけてくれた。
体格の良さとか、最強バスケ部キャプテンということで勝手に怖いイメージを持っていたけど、意外にも落ち着いた声と話し方だった。語尾がちょっとよくわかんないけど。


「初回は10月の第2週で間違いないピョン?」
「うん、お昼休みに生徒会室だよね」


私たちはホームルームレク委員、通称レク委員というやつで、毎週金曜日の5時間目、ホームルームの時間に体育館や運動場でクラスレクをするクラスに、ボールやら何やらを貸し出す委員だ。
2クラスずつペアで仕事をするので、隣のクラスの深津くんとペアになることになった。何週間かに1回、ホームルームの前後に生徒会室に行くだけの仕事なので、オイシイと言えばオイシイ。特に後期の3年生は自由登校になったりする分、恐らく3回くらいしか仕事がない。


「貸し出しが少ないことを願ってるピョン」
「あはは、確かに」


深津くんはそう言うと、大きな荷物を抱えて教室を出て行く。
まだまだバスケ部の3年生は引退してないらしく、同じクラスの松本くんもお昼前に大きなお弁当を掻きこんでいるのをよく見かける。
…深津くんも、たくさん食べてるのかな。
クラスも違うし、顔と名前しか知らない深津くんと、卒業まで半年というタイミングでお近づきになるなんて、わからないものだ。
山王の生徒にとっては、やっぱりトップレベルの有名人だし、同じ学校だけど接点がないので芸能人みたいな憧れを抱いてしまう。いや、芸能人はちょっと言い過ぎかな。でもそんな感じだ。



「(10月第2週、楽しみだな…)」


***

来る10月第2週、生徒会室に向かうとすでに深津くんは到着していた。
私の持っているお弁当袋を怪訝そうに眺めている。


「なに?」
「…それ、何ピョン」
「なにって、お弁当だけど…」
「小分けにして食べてるピョン?」
「小分け?」


どうやら深津くんには小さすぎて、これが1回の昼食の量だとは信じられないらしい。


「深津くん、お昼は?」
「基本的に昼は自主練だから、早弁してるピョン。予鈴鳴ったらパンかおにぎり食べてるピョン」
「おにぎり…」


どれくらいの大きさなんだろう…


「…さんの顔の半分くらいはあるピョン」
「うっそ!?」
「嘘ピョン」


深津くんて冗談言うんだ!?それも真顔で!!


驚きすぎて声も出なかった私を一瞥し、深津くんが一瞬だけ眉を動かしたような気がする。でも、本当に一瞬のことで、相変わらずの真顔だから気のせいだったのかもしれない。


そのうち、ガラリと生徒会室のドアが開いて、今日サッカーボールを借りる予定だと言うクラスが用紙を持参してきた。クラス入りの身分証と照らし合わせて、確認する。


「じゃぁ、また返却の時よろしくピョン」
「うん、昼練がんばってね」
「…ありがとうピョン」


そんな感じで、初めての深津くんとの委員会仕事はつつがなく終了したのだった。


***


2回目の仕事も無事終わり、あとは自主登校前最後のホームルームが、私と深津くんの当番だと言うことが判明した。
それは、私が深津くんと話す最後のチャンスだということだ。

大した仕事はしていないけど、この2回だけでも、深津くんがさりげない気遣いがとても上手な人だと言うことがわかった。
さすがボールの扱いに慣れているので貸し出しの動きも早いし、決して私に重たいものを持たせないように、ビブスの数を確認してほしい、などの仕事を何気なく振ってくれる。
どんどん寒さが厳しくなってくる12月頃には手をさすっていたら、貼らないタイプのカイロをくれて、驚いた。
使いかけで悪いピョン、と謝られてしまい、首をぶんぶん振ったらちょっと笑われてしまった。


「松本くん、深津くんて優しいんだね」
「…、それは俺が知ってる深津のことか?」


ちょうど隣の席だった松本くんにこの話をしたら、この学校には坊主頭の深津が2人いるんじゃないか、って本気で疑っていた。


そんなわけで、私はたった2回、しかも十数分一緒に仕事をしただけの深津くんが気になって気になって仕方がなく、最後の仕事の日に連絡先を聞くべきか、毎日頭を悩ませるハメになってしまったのだった。



***


「よし、これで終わりだね」
「だと思うピョン」


最後のレク委員当番の日。
卓球のラケットとピンポン球を棚にしまい、立て付けの悪いロッカーの扉をガタガタと動かす。私はひとりで閉められたことが無くて、いつも深津くんが最後のひと押しをしてくれるけど、今日は何とか閉められそうだ。


「あ、」
「え?」


「まだラケット一本出てたピョン」
「え、うそ!」


びっくりして振り向くと、ラケットを持った深津くんがすぐ後ろに立っている。そのまま腕が伸びて、観音扉の右側を開けた。
私は自然と左側の扉の前に立つわけだけど、えっ、ちょっ、深津くん、近い…よ…!?
棚の中のラケットボックスにラケットを差し込み、スムーズに扉を閉める。私がさっき苦労して閉めたのが嘘みたいだ。
そして、そのまま…


「え、あの、深津くん…?」
「何ピョン」
「え、ちょっと、いや、まって、」
「何もしてないピョン」
「いや、そうなんだけど、え、近く、ない、?」


扉に手をつき、深津くんが私のことを見下ろしている。扉と深津くんに挟まれている私はどうしたらいいかわからない。


「…さん」
「は、はい…?」
「今日で、委員会の仕事も最後ピョン」
「そ、そうだね」
「5ヶ月間ありがとうピョン」
「…こちらこそ、」
「もう来週からは学校来ないピョン?」


今週で3年生の授業は終わり、来週からは自由登校だ。進路のことなどで用事がない限り登校する3年生は少ない。


「う、うん、まぁ…進路も決まってるし…」
「…」
「深津くんは来るの?」
「部活に顔出すピョン」
「引退してないの!?」
「引退はしたピョン。来年に向けて自主練させてもらうピョン」


進学後もバスケを続けるので、2月の間は適度に部活に顔を出して体を動かしたり、後輩の練習相手になるらしい。



「…部活は毎日ではないから、」
「え?」
「来週以降のところで、昼飯でも行きたいピョン」
「っえぇ!?」
「連絡先教えて欲しいピョン」


めちゃくちゃ真顔で扉ドンしながら、照れもせずにランチのお誘いをしてくる深津くん。
対して私の方が心臓バクバク、口もパクパクさせてしまう。


「え、うそ、え、わたしの…?」
さんにはさん以外の連絡先聞かないピョン」
「そ、そうだよね、え、うん、ぜひ、お昼ご飯お願いします…」
「…ありがとうピョン」


そこまで言うと、ふっと深津くんが優しい顔をした。口角が上がっている。
深津くんの右腕が扉から離れて、少しだけ距離が離れた。そろそろ教室に戻らないと、次の時間が始まってしまう。



「…!?」
「!?大丈夫かピョン!?」


一歩踏み出そうとしたところで、腰に力が入らなくなり、その場にしゃがみこんでしまった。
さすがの深津くんも驚いた顔をして駆け寄ってきてくれる。


「ご、ごめん、なんか、腰に力が…」
「腰、砕けたピョン…?」


呆れたような、ちょっとホッとしたような顔をして、深津くんがおもむろに学ランを脱いで、私に手渡す。


「え…?」
「これ、足にかけるピョン」
「へ?…ひゃあ!?!深津くん!?!?」



背中と足裏に深津くんの腕が差し込まれ、ひょいと持ち上げられる。いわゆるお姫様抱っこだ。


「スカートの中見えるピョン」
「…っ!!」


だから、学ランを…紳士だ…
ってそうじゃなくて!


「暴れたら危ないピョン」
「深津くん〜〜!?」


ちっとも危なげなく私を担ぎ上げながら、深津くんが器用に生徒会室のドアを開ける。



「まって、まって、ほんとに!大丈夫だから!!」
「本当かピョン」


誰かに目撃される前に降りなくては。
足をジタバタとさせる私を見て、深津くんが渋々、といった感じでゆっくりと腕を下におろす。
恐る恐る足を床につけて、深津くんにしがみついたまま立ち上がれば、少しふらついたものの何とか教室までは戻れそうだ。


「あ、ありがとう、」
「…嫌だったかピョン」
「え!?」


私の腕を支えてくれながら、深津くんが低めのトーンで呟く。


「ち、違うの、恥ずかしかっただけ…っ!」
「…悪かったピョン」
「ご、ごめん、でもびっくりしちゃって…」
「お近づきになれて浮かれてたピョン」


まだヨタヨタとしか歩けない私を、深津くんが優しくエスコートしてくれる。
捕まりやすい位置に差し出された腕に遠慮なくすがりながら、ゆっくりと歩き始める。


「実は、受験の時からさんを知ってたピョン」
「へ!?」
「面接控え室で読んでた本から落とした栞、拾ったの俺ピョン」
「うっそぉ!?」


推薦入試だったから、学力試験はなくて、作文と面接だけの受験だった。
ひとりあたりの面接時間が長いから、控え室では本を読むことを許可されていて、私はリラックスのために好きな作家のエッセイを読んでいたのだ。


「え、だって、え、坊主じゃなかった…」
「坊主にしたのは合格発表後だピョン」
「うそ、ごめん、え、ありがとう…」
「どういたしましてピョン」


あの時は緊張もあって、栞を拾ってくれた男子生徒の顔をじっくり見る余裕はなかったし、彼もすぐにこちらに背を向けてしまったので全然顔を覚えていられなかった。


「その時からずっと気にはなってたピョン」
「気になってた…?」
「…一目惚れ、ピョン」
「!?!?」



また腰が砕けそうになる言葉をあっさりと口にしながら、深津くんは涼しい顔をしている。私はびっくりして口をぱくぱくさせるしかない。



「まさか卒業間近に知り合えるとは思ってなかったピョン」
「…」
「お友達としてからでいいので、仲良くしてほしいピョン」
「…は、はい…」



深津くんと二人、階段を上がる。そろそろ授業が始まる廊下には生徒はまばらだ。
私の足取りもだいぶしっかりしてきた。


「連絡先は放課後に聞きに行くから教室で待ってて欲しいピョン」
「う、うん…」


もう、あと数歩で私の教室だ。
深津くんの横顔を見上げると、気づいた深津くんが足を止める。
少しだけ口角を上げて、ぽん、と頭をひと撫でされた。



「委員会、お疲れ様ピョン」
「!」
「またあとでピョン」
「ん、うん…!」



まるで彼氏彼女のようなやり取りに、顔が熱くなる。
放課後、連絡先を渡すメモ、かわいいメモ帳あったかな。
そんなことを考えながら自分の席についたところで、目を見開いて固まる松本くんを見つけて笑ってしまったのだった。







あの日の続きを





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